講談国の人びと

講談研究家・吉沢英明氏のブログです。
日本講談協会が管理運営して居ります。
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講談国の人びと(25) -殿様喜蔵-

担当:吉沢英明(講談研究家)

 今回は講談、新講談と称して各種の書き
講談を遺した前田孤泉の作品のうち『殿様喜蔵』を紹介する。原題は 殿様喜蔵の出現(侠客) で、博文館の月刊「講談雑誌」第11巻第2号(大正14年2月)に掲載された。
  例によって粗筋は次の如くである。
  神田白壁町の大工・信兵衛の娘およしは、築地にある杉原筑前守の屋敷へ女中奉公に出た。その内殿の胤を宿し、一旦実家に戻されて男子を生み、竹丸と命名される。今度は乳母の名義で二度目の勤め。信兵衛は喜び、およし親子も幸福な毎日を送る。その内奥方に男子誕生、後年この家を継ぐことになる松若である。一般の常識では実の子を可愛がり、竹丸の方は憎くなるものだ。が、この奥方は心が広く、二子共公平に育てられた。およしは涙を流して感謝。−このままで行けば何の事もなく、従って講談などにはならない−(注、と孤泉は文中で述べる)。(講談は早い)18年の歳月が流れた。竹丸は筋骨逞しい立派な若者に成長。殿もよい世継が出来たとして喜ぶ。その内およしは病臥。若様(実は自分が腹を痛めた竹丸)に全てを話して、帰らぬ人となった。さて、竹丸は母との約束通り、この家を弟の松若に譲らねばならない。何とか「勘当」され、町人になろうと考える。或る日、出入りの大工・岩五郎が来た。普請場で片肌脱いで、煙草をスパスパ。背に金太郎が鯉を捕える刺青。そこで岩五郎を脅かして湯島の名人、刺青師・寂雨の許に案内させる。毎日通って源為朝(強弓で鎮西八郎)の図を彫りあげた。殿は仰天。忽ち勘当され、念願通り?屋敷を出された…。今日は両国橋辺をブラブラ。と、喧嘩だ、喧嘩だの声。仕事師と部屋人足共が乱闘、竹丸も抜刀して暴れる。これが縁で竹丸は甲州浪人吉井勇太郎と名乗り、薬研堀で仕事師の親方、喜蔵(きぞう)の客分として過ごす。勇太郎は子分達に剣術を伝授。程なく喜蔵が病死。勇太郎は皆から推されて二代目喜蔵、遂に江戸でも名代の侠客になって仕舞った。たとえ町人に身を落としても、何処か気品がある、そこで殿様喜蔵と呼ばれるようになった。正月、子分を連れて川崎大師へ参詣。料理屋で飲んでいると、隣りでヒソヒソ話。気になって部屋を密かに覗くと、杉原家の家老・吉田兵部や侍医の螢庵等だった。殿を毒殺…、向島の雪見に連れ出す…、と大変な話をしている。喜蔵は独りうなずき、何事もなく引上げた。正月の11日は、深更から雪。翌日は快晴、向島辺も一面銀世界と化した。喜蔵は腕に覚えのある鉄吉と地蔵の安を連れ、土手の入口で見張りを続けている。昼近くになって七つ八つの駕籠、上り藤に一の定紋、杉原家のものだ!お伴も多く、一行は水神の八百松に入った。喜蔵は追う。殿(家を継いだ異母弟の松若)は、吉田兵部、螢庵等と雪見の酒。あわやの一瞬、喜蔵が現れ −待っておくんなさいまし殿様、その中には毒が仕込んでございます− 。双方抜刀、喜蔵は片肌脱ぎとなって、悪人輩を縦横に斬りまくった。殿は大驚 −やゝ、お身は兄上ではないか− 。喜蔵は人違いであるとして認めず、川崎からの事情を話し、酒宴の邪魔を詫びる。殿は改めて呼び、何回も問い質したが、喜蔵は飽く迄も知らぬ存ぜずで、生涯侠客の名に甘んじた。以上江戸奇侠人の一席。
  明治20年代の速記本として残る、遠山金四郎や根岸善三郎は共に刺青をして家を出た。既刊号で紹介した通り、後に仕官して文身(ほりもの)奉行と呼ばれる。この喜蔵の発端も明らかに以上の先行作品を念頭において、書いたと考えて誤りはない。又大名の家から侠客に転じて市井で活躍する講談に「大名五郎蔵」や「殿様源次」等がある。孤泉はこれ等も承知の上で創作したものであろう。故山陽得意の「大名花屋」は旗本の家(松平)であるが、総領伝之助(伝助と名乗る)は義弟に家督を譲るため消えたとする。これも喜蔵と趣向が酷似している。周知の通り、「講談倶楽部」と講談師との悶着以後 新講談 への要望が一段と高くなった。その上浪花節や活動写真の台頭もあって 旧講談(在来の講談)では満足しない読者も多い。この様な背景があって、書き講談が流行した。然し、大仏次郎等と異なり孤泉の場合、旧講談の範ちゅうの中で書いていたように思われる。その典型的な例がこの「殿様喜蔵」である。因みに本号には他に 飯岡の助五郎(天保水滸伝)=桃川如燕、次郎吉の失敗(文化白浪)=悟道軒円玉、三浦屋小紫(美人)=村上貞川、不思議の眼光(不動明王)=三木初風、侠妓若菊(命がけの)=南晴山 等が掲載されている。
 図は耕達の挿絵。中央に抜刀の喜蔵(竹丸)、脇に驚く殿(松若)。

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